2026年7月9日木曜日

パキスタン政府が提出した最新UPR(2022年)

 今回の記事では、2022年に提出されたパキスタン政府のUPR(Universal Periodic Review:普遍的定期審査)第4サイクル報告書について、特に「障害児者」の権利や施策の視点に着目して、その概要を分かりやすく解説します

パキスタンは近年、自然災害や経済危機など多くの困難に直面していますが、その中でどのような人権政策や障害者支援が進められているのか、報告書の内容を紐解いていきます

1. はじめに:前例のない困難と社会的セーフティネットの構築

本報告書は、国連の人権メカニズムに基づき、パキスタン政府が国内の人権促進・保護における成果や課題を共有するために提出したものです

近年のパキスタンは、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的流行や、気候変動に起因する甚大な洪水被害など、前例のない社会経済的困難と資源の制約に直面してきました。このような逆境にあっても、政府は最も脆弱でマージナライズ(社会的排除)された人々の基本的人権や自由を守るため、社会的セーフティネットの構築に尽力しています

また、本報告書の作成にあたっては、連邦政府や地方政府だけでなく、市民社会組織(CSOs)との広範で包括的な協議プロセスが経られている点も重要な特徴です

2. 国際的人権義務への取り組みと国内法制化

パキスタンは国連の人権機関と緊密に連携しており、条約機関への報告書提出や特別手続きへの対応を継続しています。国内の法的枠組みの強化においては、人権省(MoHR)を中心に国際人権条約の規定を国内法に反映させる取り組みが進められています

近年の主要な制定法には、以下のものがあります

  • イスラマバード首都圏(ICT: Islamabad Capital Territory)児童保護法

  • 少年司法制度法

  • トランスジェンダー者法

  • 人身売買防止法

  • ICT障害者の権利法(ICT Rights of Persons with Disabilities Act, 2020)

また、司法部門(裁判所)も国際条約を引用し、18歳未満の児童婚を無効化する先駆的な判決を下すなど、人権問題に対して高い感度を示しています

3. 国家人権機関の強化と人権教育

人権省の制度的強化に加え、独立性の高い国家人権機関である「国家人権委員会(NCHR)」、「女性の地位向上国家委員会(NCSW)」、「児童の権利国家委員会(NCRC)」の能力構築が進められています

これらの委員会は人権省と共同で、法の支配や権利に関する全国規模の意識啓発キャンペーンを展開しています。さらに、司法・執行機関の能力向上を目的として、裁判官、検察官、警察官、法曹関係者を対象とした国際人権法やジェンダー配慮に関する研修が、各州の司法アカデミー等を通じて実施されています

4. 持続可能な開発目標(SDGs)と刑事司法の改善

パキスタンは「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を国家アジェンダに組み込み、資源の優先配分を行っています。各州における教育、保健、気候変動対策、ジェンダー平等などの改革のほか、2019年には代替・再生可能エネルギー政策を導入し、クリーンエネルギーへの移行を図っています

テロ対策においては基本的人権の尊重を前提とし、最高裁判所によるテロの定義の厳格化によって法の濫用防止が進められています。また、刑務所の過密状態を緩和するための新刑務所の建設、仮釈放(パロール)制度の法改正、経済的困窮者への法的支援(Legal Aid and Justice Authority)の提供など、刑事司法制度の改善も報告されています

5. 障害児者に関連する具体的な内容と進展

本報告書において、障害児者の権利保護とエンパワメントは、極めて重要な「affirmative measures(積極的改善措置)」の一環として位置づけられており、以下のような具体的な進展や施策が挙げられています

  • 障害者の権利法の制定と推進体制 国連の「障害者の権利に関する条約(CRPD)」に準拠する形で『ICT障害者の権利法(2020年)』が発布されました。この法律は、障害者の社会的・経済的・政治的領域における条件改善と権利擁護を目指すもので、差別のない保健、教育、雇用、交通、通信などの基本サービスへのアクセス向上を推進するための委員会(Council)が設置されています。また、連邦・地方政府間の調整を改善するため、「CRPD実施国家委員会」も組織されています

  • アクセシビリティの向上と環境整備 特殊教育総局(DGSE)は、バリアフリー環境を創出するための『パキスタン・アクセシビリティ・コード2006』およびデザインマニュアルを発行・普及させました。具体的には、メトロバスの全駅や政府機関のオフィスなどにおいて、エレベーター、リフト、車椅子用スロープなどの設置が進められ、「障害者に優しい(Disabled Friendly)」環境整備が行われています

  • 政治・行政への参画と雇用枠の確保 障害者の雇用機会を保障するため、専用の雇用クォータ(採用枠)が実施されています。また、政治プロセスや意思決定への参加を保証するため、パキスタン選挙管理委員会(ECP)は、障害者を対象とした郵便投票制度の周知や、投票所での優先投票に関する訓練・意識啓発キャンペーンを実施しました

  • 経済的・福祉的支援の提供 貧困層の障害者を対象とした経済的支援や自立支援として、パンジャーブ州の「ハムカダム・プログラム(Humqadam Programme)」に代表される所得創出スキームが運用されています。さらに、政府系福祉機関(Pakistan Bait-ul-Mal)の特別セルを通じて、義肢、補聴器、車椅子、白杖などの福祉用具の優先支給が行われています

  • 教育のバリアフリー化と職員研修 視覚障害児の教育をサポートするため、国立特別教育センター(イスラマバード)の国立点字プレスによる点字教科書への翻訳・作成が確実に実施されています。また、地方政府の職員を対象としたCRPDおよび関連法の国内実施に関する能力構築ワークショップも開催されています

6. 今後の課題と展望

パキスタン政府は、すべての市民の市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利の実現に向けて引き続きコミットする姿勢を示しています。しかし、行政能力の限界や資源の制約は依然として大きな課題です

特に近年の気候変動に起因する自然災害は、多くの人々の生計を奪い、人権保障に重大な影響を与えています。政府は今後も国際社会と連携しながら、障害者や女性、子どもなど、最も脆弱な立場にある人々の救済と社会復帰を最優先事項として、法制度の執行と行政措置の強化を進める方針です

参考文献 United Nations General Assembly. (2022). National report submitted pursuant to Human Rights Council resolutions 5/1 and 16/21: Pakistan (A/HRC/WG.6/42/PAK/1). Human Rights Council, Working Group on the Universal Periodic Review, Forty-second session.

0 件のコメント:

コメントを投稿

低中所得国の脆弱層な子どもたちと「学校安全」から考える口の健康

低中所得国においては、経済的貧困や障害などの困難を抱える「脆弱層(要配慮集団)の子どもたち」ほど、口のトラブルに直面しやすく、それが「学校に通えない」「安全に学校生活を送れない」という二次的な問題へつながっていることをご存じでしょうか ? 今回はパキスタンなどの研究文献をもとに、...