2026年6月23日火曜日

スクールバッグの重さ制限:パキスタンKP州、インド、UAEの事例

 今回は、学校安全に深く関係するスクールバッグの重さの規定を紹介します。

パキスタンKP州では、スクールバッグの重さの制限を規定する法律「THE KHYBER PAKHTUNKHWA SCHOOL BAGS (LIMITATION OF WEIGHT) ACT, 2020 (KHYBER PAKHTUNKHWA ACT NO. XLVII OF 2020)」が制定されています。

同様の法律は、隣国インドにおいても同じ2020年に「School Bag Policy, 2020」という名称で策定されています。同政策では、以下のような記述があります。

「子どもや青少年の姿勢の悪さや腰痛の問題は、インド国内外で注目を集めている。科学誌でも頻繁に取り上げられている。以下に、いくつかの論文からの抜粋を挙げる。「通学中の児童における腰痛の一般的な原因の一つが通学カバンである。重いカバンを背負うと、子どもは体を前に傾けてバランスを取ろうとするが、これにより首、肩、背中の筋肉に負担がかかる。また、カバンの着脱が困難になったり、学校でカバンを背負ったまま頻繁に転倒したりすることもある」 (R. Avantika 他, 2013)  7歳から8歳の時期には、後弯姿勢やバランスの取れた姿勢が主流となる。しかし、子供が学校に通い始めると、座っている時間が長くなり、姿勢形成の障害につながる可能性がある。したがって、この時期は「姿勢形成の最初の臨界期」と呼ばれている(Katarzyna Walicka-Cupry 他、2015年)。さまざまな国際機関が、体重に対するランドセルの重さについて、時折推奨を行ってきた。例えば、2009年には、米国作業療法士協会(AOTA)と米国理学療法士協会(APTA)が、生徒の体重の15%(あるいは10%から20%の間)を超える重さのリュックサックを背負わないよう推奨した。さらに2012年には、これが体重の10%に変更された。米国カイロプラクティック協会(ACA)は、リュックサックの重量を子どもの体重の5~10%以内に抑えるよう推奨している。(Katarzyna Walicka-Cupryś, 2015)

Katarzyna Walicka-Cuprys, Renata SkalskaIzdebska, Maciej Rachwa B, and Aleksandra Truszczy Nska. 2015. Influence of the Weight of a School Backpack on Spinal Curvature in the Sagittal Plane of Seven-Year-Old Children, Research Article, Hindawi Publishing Corporation, BioMed Research International Volume, 2005.」

また、アラブ首長国連邦(UAE)にも同様の取り組みが、2024年策定の「SCHOOL POLICY on HEALTH AND SAFETY」 において規定されています。以下の、表2はUAEの規定です。


パキスタンKP州では、以下の表の通り、学年ごとに非常に細かい重さ制限が規定されていることがあわかります。





2026年6月22日月曜日

パキスタン児童労働調査(2026)

今回の記事では、UNICEFとパキスタンの国家人権委員会(National Commission for Human Rights:NCHR)が今年2026年に発行した児童労働調査(Pakistan: Child Labour Surveys Evidence for Action) について、学校安全という視点での記述に着目します。

以下は、同報告書の原文をそのまま掲載しています。

2026年6月18日木曜日

社会的脆弱グループ関連情報:パキスタン経済白書2025-2026

今回の記事では、新たに発表された「パキスタン経済白書 2025-2026(Pakistan Economic Survey 2025-2026)」の記載内容の中で、社会的脆弱グループに関する記述に焦点をおいて紹介していきます。



パキスタン政府は経済調整や外部ショックが国民の福祉に与える影響を注視し、脆弱層の保護や人的資本、気候変動への回復力に対する優先的な支出を維持しています。

1. 教育分野の進展と不就学児童の減少

教育へのアクセスは全般的に改善傾向にあります。

  • 識字率・就学率の向上: 全国の識字率は2022-23年度の61%から2024-25年度には63%へと向上しました(男性73%、女性54%)。また、全国的な就学率も61%から67%へと上昇しています。

  • 不就学児童・生徒(OOSC)の減少: 2023年の38%(男子35%、女子42%)から2025年には28%(男子25%、女子31%)へと大幅に減少しました。特にバローチスターン州では69%から45%へと劇的な改善が見られたほか、パンジャーブ州(32%→21%)、シンド州(47%→39%)、KP州(30%→28%)でも同様の進展が確認されています。

  • 各教育段階の状況: 2024会計年度の初等教育在籍者数は2,538万人に達し、中等教育は14.9%増の1,080万人へと大幅に増加しました。また、雇用の基盤となる技術・職業教育(4,746校)には46万人が在籍し、重要な役割を果たしています。

2. 児童婚や家庭内暴力への法的アプローチ

ジェンダー平等の推進や人権保護の観点から、法的な救済措置の強化が進められています。連邦直轄地(ICT)において、「2025年連邦直轄地児童婚制限法」「2026年連邦直轄地家庭内暴力法」といった重要な立法措置が制定され、司法へのアクセス改善や制度的メカニズムの強化が図られました。

3. 社会的脆弱層への保護・支援の拡充

パキスタン・ベイトウル・マール(PBM)、ザカート、労働者福祉基金(WWF)、従業員老齢給付機関(EOBI)、パキスタン貧困削減基金(PPAF)などの主要機関が、福祉交付金や年金、コミュニティ・インフラを通じて多面的な支援を展開しています。

  • PBM(パキスタン・ベイト・ウル・マール): 2025年7月から2026年3月にかけて、未亡人、孤児、障害者、高齢者などの基本的な福祉ニーズ(医療、食糧、住居、技能開発など)を満たす支援を継続しました。2026会計年度予算142億ルピーのうち100億ルピーが援助に充てられ、同期間中に321万8,000人の受益者に対して65億6,000万ルピーが支給されました。

  • PPAF(パキスタン貧困削減基金): 保健分野では15カ所の保健センターを通じて7万件以上の診療を行ったほか、2025年の洪水対応として124回の医療キャンプを開設し、4万7,926人を診療しました。教育分野では2,868カ所の教育施設を支援し、約1万人の視覚・聴覚障害児を含む43万3,300人以上の就学を促進しています。さらに、3万9,000人以上の障害者(うち49%が女性)に補助器具を提供し、社会包摂を後押ししています。

4. ジェンダーに配慮した包括的な防災体制

国家災害管理局(NDMA)は、保健、教育、社会保護、気候変動を網羅する形で、ジェンダーや社会的弱者に配慮した防災体制を強化しています。 これには、緊急事態におけるジェンダーに基づく暴力(GBViE)に関する研修、学校の安全対策、脆弱層へのRFIDを活用した支援、包括的な早期警報システム、トランスジェンダーや障害者を対象とした政策改革などが含まれます。また、2026年3月までに「災害リスク軽減(DRR)バッジ・イニシアチブ」を通じて、2,645人のガールガイドが研修を修了しました。

5. 障害者の権利保護と認定の効率化

障害者権利評議会(Council on Rights of Persons with Disabilities)が障害者関連法の施行監督や連邦機関との連携を主導しています。医療審査委員会は、NADRA(国家データ・登録局)が支援するワンストップ・システムを通じて1,617件の障害者認定証を発行するなど、手続きの迅速化と当事者の利便性向上が進められています。

まとめ

今回の経済白書からは、パキスタンが経済的な逆風や災害リスクに直面しつつも、教育の普及、法整備、社会安全網(セーフティネット)の拡充、そしてジェンダーや障害者に配慮した「誰一人取り残さない(インクルーシブな)」アプローチを着実に進めている姿勢が伺えます。南アジアの開発経済や社会政策を研究する上で、これらの具体的なデータは今後の進展を測る重要な指標となるでしょう。

2026年6月10日水曜日

教員用・生徒用の防災教育マニュアルの概要

  

前回の記事で紹介したUNESCO発行の教員用・生徒用の防災教育マニュアルについて、概要を紹介します。


1. 教員用マニュアル:学校を「安全の拠点」にするために

教員用の冊子は、先生方が授業でどう教えるかだけでなく、学校全体の「安全管理」をどう主導するか、という視点で書かれています。

  • リスクを見える化する: 学校内外の危険な場所を特定する「学校リスクマップ」の作成方法が詳しく解説されています。

  • 教育の統合: 防災を単なる避難訓練で終わらせず、地理や科学などの既存の教科の中にどう組み込むかというヒントが満載です。

  • 心理的ケア: 災害後の子供たちの心理的なサポート方法についても触れられており、先生が「心の支え」となるための指針が示されています。

日本語版:災害リスク軽減・生徒用マニュアルー安全確保と十分な備えに向けて-

英語版:Stay safe and be prepared: a teacher's guide to disaster risk reduction


2. 生徒用マニュアル:自分と友達を守る「防災リーダー」へ

生徒用の冊子は、イラストや具体的なアクティビティを通して、子供たちが主体的に学べる工夫がされています。

  • 正しい知識を学ぶ: 「ハザード(危険な現象)」と「リスク(潜在的な損失)」の違いなど、防災の基本用語を分かりやすく学べます。

  • アクションを起こす: 家族と一緒に避難袋を用意したり、近所の「脆弱な人(お年寄りや小さなお子さん)」がどこにいるかを確認したりと、具体的な行動を促します。

  • 「能力」を高める: 知識を身につけることで、災害が起きた時にパニックにならず、適切な判断ができる「強さ」を養います。

日本語版:災害リスク軽減・教員用マニュアルー安全確保と十分な備えに向けて-

学校と地域を守る!UNESCOの防災マニュアル

 今回ご紹介するユネスコの防災マニュアルは、単なる災害対策の枠を超え、子どもたちの「就学の継続(教育権の保障)」を支える重要な基盤となるものです。

日本語版:災害リスク軽減・教員用マニュアルー安全確保と十分な備えに向けて-

日本語版:災害リスク軽減・生徒用マニュアルー安全確保と十分な備えに向けて-

英語版:Stay safe and be prepared: a teacher's guide to disaster risk reduction

1. 健康を守ることは、学習の機会を守ること

アジア・アフリカの農村部では、一度自然災害が発生すると、衛生環境の悪化から感染症が蔓延し、多くの子どもたちが長期欠席や退学を余儀なくされます。 教員用マニュアルで強調されている「リスクの特定」や「衛生管理を含む備え」は、災害時においても子どもたちの健康被害を最小限に食い止め、学校という学びの場を維持するために不可欠な視点です。

2. 「自らを守る力」がレジリエンス(回復力)を高める

生徒用マニュアルが目指すのは、子どもたちが自らのリスクを正しく理解し、行動できる「主体」へと成長することです。 栄養不足や過酷な環境に置かれやすい地域の子どもたちにとって、身体的な健康を維持するための知識と、災害から身を守るための防災知能(防災リテラシー)は、いわば「生き抜くための両輪」です。自分の身を守る術を知ることは、心理的な安定にもつながり、困難な状況下でも学習を継続する意欲(レジリエンス)を育みます。

3. 学校が地域全体の「健康と安全のハブ」に

このマニュアルが提案するように、学校で学んだ防災や健康の知識を、子どもたちが家庭や地域へと持ち帰るプロセスは非常に重要です。 特に公衆衛生や安全対策が十分でない地域において、学校が「正しい知識の発信源」となることで、地域全体で子どもの健康を守り、結果として誰もが安心して就学できる社会環境が整えられていきます。


「健康」と「安全」は、教育を受けるための絶対的な前提条件です。ユネスコのこのガイドブックをアジア・アフリカの教育現場に普及させることは、単に災害に強い学校を作るだけでなく、「どんな状況下でも子どもの学びを止めない、健康的な教育基盤」を構築するための第一歩となるでしょう。


2026年6月9日火曜日

パキスタンにおける廃棄物管理と児童労働:インフォーマルセクターに埋め込まれた社会構造

 近年、途上国の都市化に伴う環境問題と、それに深く結びつく人権課題への関心が高まっています。今回はパキスタンにおける、都市の「廃棄物管理(固形廃棄物管理)」の不備が、いかにして「児童労働」という深刻な社会課題を生み出し、固定化させているのか、提供された最新の資料をもとに読み解いていきましょう

1. 廃棄物管理の現状と「ゴミ拾い」を支える非公式部門(インフォーマルセクター)

パキスタンでは、都市化の進展によって日々大量の一般廃棄物(固形廃棄物)が排出されています 。しかし、効率的な公的収集・処理システムが長年欠如していることが大きな課題です

  • 公的インフラの不足:例えばハイバル・パフトゥンハー(KP)州では、地域の約80%で効果的なシステムが不足しています

  • 非公式部門(インフォーマルセクター)への依存:首都イスラマバードでも、回収されたゴミの約20〜30%に含まれるリサイクル可能資材(プラスチック、ガラス、金属など)の収集は、公的機関ではなく「ゴミ拾い(ウェスト・ピッカー:WP)」と呼ばれる非公式な労働力に依存しています

これらの非公式部門は、ゴミ集積所や埋立地(ダンプサイト)から資源を回収し、地元の廃品業者に転売する「組織的なマーケティングチェーン」を形成しています 。しかし、行政の規制や保護の枠外にあるため、その労働環境は極めて劣悪です

2. 廃棄物回収の主戦力となる子どもたち:その過酷な実態

この過酷なインフォーマルセクターにおいて、主要な労働力となっているのが数千人規模にのぼる子どもたちです 。国際労働機関(ILO)が2023年に実施した迅速調査などからは、衝撃的な実態が浮かび上がっています

労働の早期化と教育の機会喪失

データによると、子どもゴミ拾い労働者のうち88%が5歳から11歳という極めて幼い年齢で労働を開始しています 。また、彼らの69%が読み書きができない(不就学)状態にあり、将来的なキャリアの選択肢を閉ざされる悪循環に陥っています

命を脅かす健康・安全リスク

子どもたちは、医療廃棄物や有害物質、ガラスや金属などの鋭利な物体が混在するダンプサイトで作業を行っています 。それにもかかわらず、適切な防護具を身につけていないため、日常的に感染症や深刻な身体的負傷の危険にさらされています

3. 地域ごとに異なる背景:経済的貧困と難民問題

児童労働が蔓延する背景には、パキスタンの地域的な人口動態や構造的要因が複雑に絡み合っています

地域主な労働者層背景にある構造的要因
南部(カラチなど)国内の経済的困窮者(最貧困層) 特別なスキルや初期資金を必要としないため、生存と家計補助のために子どもが従事せざるを得ない構造 。 
北部・首都圏(KP州、イスラマバードなど)アフガン難民の子どもたち 多くの登録・未登録難民が滞在 。身分証明書類(PoRやACCなど)の不足や貧困により、難民の子どもの約80%が学校に通えず、ダンプサイトが労働の受け皿となっている 。 


4. ガバナンスの壁:政策執行力とデータの不足

パキスタン連邦政府および各州政府は、環境保護法や児童労働を禁止する法的枠組み自体は整備しています 。しかし、実効性の面で大きな課題を抱えています。

  • 執行力の不備:現行法の多くは有害廃棄物の処理規制や公的インフラ整備に主眼が置かれており、非公式経済に深く埋め込まれた児童労働の取り締まりや、子どもたちを保護するための財源・労働監督官が著しく不足しています

  • 統計データの空白:全国規模の包括的な児童労働調査は1996年を最後に実施されていません 。最新の正確なデータが不足していることが、実効性のある政策立案を阻む大きな要因となっています


まとめ:求められる「環境」と「社会福祉」の統合的アプローチ

パキスタンにおける廃棄物管理と児童労働の連鎖を断ち切るためには、単なるゴミ収集インフラの近代化(ハード面の強化)だけでは不十分です

今後は、インフォーマルセクターで働く脆弱な労働者層、特にアフガン難民を含む子どもたちを公式経済へと統合していく視点が欠かせません 「親への適正賃金の保障」、そして「医療や教育へのアクセス提供」など、環境政策と社会福祉・人権政策を一つに統合した包括的なアプローチこそが、持続可能な解決への鍵となります


2026年6月8日月曜日

日本比較教育学会 第62回大会:ラウンドテーブル発表

本研究に関連して、日本比較教育学会第62回大会のラウンドテーブルでの発表が決まりました。

この大会は、2026年7月3日(金)から5日(日)まで、立命館大学衣笠キャンパス(京都市北区)において開催される予定です。

大会では、各国・各地域の教育を比較しながら、現代社会が直面する課題について多角的に議論することが目的です。

本研究チームの研究代表の高柳妙子氏(長崎大学)が座長を務め、研究分担者の日下部達哉氏(広島大学)が討論者、同じく分担者の藤崎竜一氏(帝京大学)の他、下山多映氏(帝京大学)及び服部拓磨氏(広島大学博士課程在籍)の計3名が発表予定です。

ラウンドテーブルの要旨は以下の通りです。

スクールバッグの重さ制限:パキスタンKP州、インド、UAEの事例

 今回は、学校安全に深く関係するスクールバッグの重さの規定を紹介します。 パキスタンKP州では、スクールバッグの重さの制限を規定する法律「 THE KHYBER PAKHTUNKHWA SCHOOL BAGS (LIMITATION OF WEIGHT) ACT, 2020 (K...