パキスタンにおいて、子供たちの視覚障害や眼疾患は、単なる個人の健康問題にとどまりません。それは、学校生活における不慮の事故リスクを高め、学習機会の喪失や将来の経済的困難に直結する「学校安全」における深刻な社会課題となっています。
近年の文献レビューに基づき、同国における「屈折異常(視力低下)への安全管理」「感染症リスクへの安全教育」、そして「デジタル技術を用いた校内スクリーニング体制」について、学校安全の視点から解説します。
1. 視力低下の見落としがもたらす「校内安全」へのリスク
近視、遠視、乱視といった「屈折異常」は、子供たちの学習権を脅かすだけでなく、校内での怪我や事故に直結する安全上の盲点です。
デジタル化に伴う新たなリスク(危険因子の変化) KP州アボタバードのアユーブ教育病院の調査では、受診者の約73.6%に屈折異常が認められました。特に若年層では、読書やデジタル端末の使用増加といった「近業」の広がりが近視に拍車をかけており、学校環境におけるリスク要因が変化していることを示しています。
特別支援学校における安全管理の不備(脆弱性の課題) ペシャワールの特別支援学校での調査によれば、17.3%の児童に屈折異常があったものの、実際に眼鏡で適切に視力矯正されていたのは、わずか4.0%でした。視覚的な危険察知能力が低下したまま放置されることは、校内での転倒や衝突などの活動中の事故リスクを増大させます。
学校生活への適応悪影響 視力の問題が放置されると、黒板が見えないことによる学習意欲の低下だけでなく、周囲の状況把握が遅れることで、集団行動への不適応や性格形成、ひいては不登校や教育機会の喪失といった「心の安全(福祉)」をも脅かす要因となります。
2. 小児眼疾患の早期発見と医療アクセス(保健管理のミスマッチ)
カラチの三次眼科施設における5年間のデータ(2015-2019年)は、学校保健安全法のような体系的な校内検診・救急処置体制が未整備である現状を浮き彫りにしています。
校内で蔓延しやすい疾患への対策 受診理由で最も多いのは、集団感染のリスクが高い「結膜炎(32.67%)」であり、次いで屈折異常(20.08%)、斜視(14.7%)でした。
学校保健と地域医療の連携不足 これらの疾患の約60%は、本来であれば学校検診や地域レベルの一次医療施設(保健室や地域クリニック)で対応可能な「軽微な問題」です。しかし、校内での早期診断体制がないために、大病院(三次病院)に患者が集中し、適切な治療のタイミングを逃す事態を招いています。
ジェンダーによる安全網の偏り 受診者の55%以上を男子が占めており、女子児童が医療や安全な健康管理へのアクセスから取り残されやすいという、ジェンダー格差の課題も存在します。
3. 「安全教育」の成功例:トラコーマ撲滅と変化の主体としての児童
大きな成果として、パキスタンは2024年に、失明の主要原因である感染症「トラコーマ」の公衆衛生上の撲滅をWHOにより認定されました。この成功の背景には、学校を拠点とした「安全教育・衛生教育」の優れた戦略がありました。
「WASH大使」による行動変容の推進 水・衛生(WASH)環境の改善に合わせ、児童自身を「WASH大使(衛生安全のリーダー)」として育成する戦略が功を奏しました。
学校から家庭・地域へ広がる安全網 子どもたちが学校で学んだ衛生知識を家庭に持ち帰り、手洗いや洗顔を促す「変化の主体」となりました。これにより、地域全体の感染リスクを下げるという「地域安全」に貢献しただけでなく、体調不良による欠席を減らし、学校の出席率向上という教育面の安全保障(セーフティネット)をもたらしました。
4. デジタル技術を活用した校内スクリーニングと保護者連携(組織的対応の壁)
パンジャーブ州では、スマートフォンアプリ「Peek」を用いた大規模な校内視力スクリーニングが実施され、学校安全のデジタル化への可能性を示しました。
高精度な校内検診の実現 約15万人を対象とした調査で、このアプリが専門知識の乏しい教育現場でも、高い診断精度で子供たちの眼疾患を特定できることが証明されました。
「事後措置」における家庭連携の障壁 しかし、異常が見つかり受診を推奨された子供のうち、実際に医療機関を受診したのは47.1%に留まりました。「スクリーニング(発見)」ができても、保護者の危機意識の不足、医療施設への距離、経済的負担といった壁により、適切な「事後措置(治療)」につながらないという、学校危機管理上の課題が残されています。
学校安全の視点からの提言と今後の展望
文献レビューの結果から、パキスタンの学校において子供たちの生命・身体の安全を守り、学習の質を担保するためには、以下の3つの「学校安全計画」の策定が必要です。
学校を拠点とした検診の義務化(安全管理の徹底) 斜視に伴う弱視などは、早期発見によって永続的な視力喪失(身体的損傷)を防げます。すべての学校やマドラッサー(宗教学校)において、定期的な視力検診・眼科検診を制度として義務化することが不可欠です。
学校・地域・専門医療をつなぐ紹介システムの構築(組織体制の強化) 校内の検診結果から、地域の検眼士や専門医へとスムーズにつなぐ「救急・紹介ルート」を明確にし、大病院への一極集中を防ぎつつ、受診率を100%に近づけるアプローチが必要です。
持続可能な衛生・安全教育のカリキュラム化(安全教育の定着) トラコーマ撲滅の成功体験(WASH大使の仕組み)を一時的なものとせず、自他への危険予測や健康維持の能力を育む「安全教育」として、学校のカリキュラムに恒久的に組み込むべきです。
参考文献
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Khan, A. A., et al. (2025). Field notes: Children as WASH ambassadors—Insights from Pakistan’s trachoma elimination programme. PLoS Neglected Tropical Diseases, 19(12).
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Khan, A. A., et al. (2020). Prevalence of trachoma in Pakistan: results of 42 population-based prevalence surveys from the Global Trachoma Mapping Project. Ophthalmic Epidemiology, 27(2).
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