カールワーン(障害児の親の会)は、継続的に社会福祉局との打合せを行っています。難民を助ける会のインクルーシブ教育促進プロジェクトの活動の一環として行われたこのような打ち合わせは、プロジェクトが終了しても継続していきます。
特に、ハリプールの社会福祉局長は、視覚障害のある女性です。彼女は、JICA(国際協力機構)が実施した過去の技術協力事業にも関わりの深い人物です。このような障害当事者やその家族が、ハリプールにおける障害児者の権利擁護に貢献しています。
このブログは、タイトルにある科研費(国際共同研究加速基金(海外連携研究))の研究の促進のために立ち上げました。
カールワーン(障害児の親の会)は、継続的に社会福祉局との打合せを行っています。難民を助ける会のインクルーシブ教育促進プロジェクトの活動の一環として行われたこのような打ち合わせは、プロジェクトが終了しても継続していきます。
特に、ハリプールの社会福祉局長は、視覚障害のある女性です。彼女は、JICA(国際協力機構)が実施した過去の技術協力事業にも関わりの深い人物です。このような障害当事者やその家族が、ハリプールにおける障害児者の権利擁護に貢献しています。
カールワーン(障害児の親の会)のメンバー、特に母親は、12月3日に国際障害者デーを記念して地域でウォークを企画しました。このイベントは、すべての規則と規制に従って組織的に実施されました。主な目的は、コミュニティ内でのインクルージョンを促進し、公園などの公共の場所にスロープを設置することを提唱し、障害のある子供たちのインクルーシブ教育を奨励することでした。
障害のある子供も障害のない子供も一緒にこの活動に参加しました。絵を描き、それをシンプルで意味のある方法ですべての人に提示することで、私たちのコミュニティにおける障壁を強調しました。
カールワーンの活動は草の根レベルにとどまりません。活動の拠点はKP州ハリプール(日本で言う都道府県レベル)の都市部ですが、難民を助ける会のインクルーシブ教育促進プロジェクトの対象校が、ハリプールの農村部、北部のアボタバードに展開しており、カールワーンもこのプロジェクトへの支援として、活動のエリアを拡大しています。
また、行政へのアプローチも行っており、ハリプールの教育局や社会福祉局とも定期的な打ち合わせを行っています。こういった活動は、障害児の権利擁護としてとても大切です。プロジェクトが終了し、対象校の教員や行政担当者たちが異動してしまっても、カールワーンは継続的に学校、行政との議論を重ねていきます。
この活動はカールワーンのメンバー自宅で企画したものす。二分脊椎によって様々な困難を抱える母親と子どもたちが参加しました。子どもに関する多くの問題に直面している母親たちは、これらの問題を解決するために、二分脊椎の障害当事者であるMuzammal Islam氏を招き、子どもたちの身体的な問題だけでなく、トイレのアクセスの問題も解決できるよう支援しました。
Muzammal Islam氏は、本研究の現地協力者として、また、難民を助ける会のスタッフとして活躍しています。
カールワーンは、地元の公立学校を対象に様々な活動を実施しています。例えば、視覚障害のある児童生徒が通う学校で、点字に関する基本的な情報提供を行いました。インクルーシブ教育の促進のためには、パキスタンのKP州においては課題は山積しています。
カールワーンは、ひとつひとつの課題とニーズを把握し、メンバーがやれることを計画・実施しています。難民を助ける会が実施してきた事業の対象校ですが、この事業の終了後にも支援をし続けていくのはカールワーンのような団体です。
難民を助ける会が実施する、インクルーシブ教育促進事業において、特徴的な活動は、障害児の親のグループの形成支援と強化です。多くの国際開発機関、NGO等は、法制度・政策、カリキュラム、教員訓練、啓発活動、バリアフリーインフラ整備などに重点を置いてますが、障害児の親の役割の重要性を考慮して、活動の一部として重点を置いています。
カールワーンは、もともと難民を助ける会の事業によって生まれたグループです。何年もかけてカールワーンは成長し、現在は、同事業の自助グループの形成支援と強化のためのワークショップのファシリテーターとしても活躍しています。
カールワーンのような小さなグループが各地に形成され、将来的にはグループのネットワークが、地域を超えたプラットフォームになっていくことが期待されます。
難民を助ける会が実施するインクルーシブ教育促進事業においては、障害児のいる家庭を見つけ出し、訪問する活動が含まれています。単に調査をするだけでなく、彼らによりそい、相談を受け、教育だけでなく、保健医療や福祉等に関する政府・非政府機関とのつなぐという重要な活動です。
こういった活動は、障害児の親たちで構成されているカールワーンだからこそ、可能であり、コミュニティの障害児のいる家庭にも受け入れられています。国連障害者の権利条約(UNCRPD)のスローガンである、「Nothing about us without us」にもつながる活動と言えます。
カールワーンは、日本の難民を助ける会(AAR Japan)によって2020年から実施されている、障害児のインクルーシブ教育促進事業の活動によって、自助グループとして設立・強化されてきました。現在は、AAR事業の中で開催される各種研修に、ファシリテーター、トレーナーとして、また、アウトリーチ活動ではフィールドワークの支援者として、カールワーンメンバーが活躍しています。
イスラマバードに拠点を置く障害当事者団体(Saaya Association)のリーダーであるAsim Zafarさんがメインファシリテーターとして、AAR事業に招待されました。カールワーンの活動には、障害児と親への個別の支援も含まれています。
以下に具体的な支援について紹介します。
彼女は脊柱二分脊椎による身体障害があり、時々足や脚に感染症を起こし、膿が出ます。カールワーンには子どもをフルサポートするほど資金がありませんが、親の会としてできることは、子どもの母親に政府の健康カード(Sehat Card)について知らせ、その作成方法を指導することで、子供が政府のどの医療機関でも治療を受けられるようにすることです。
二分脊椎は、お腹の中にいる赤ちゃんの脊椎(背骨)が形成される過程で、本来なら閉じるはずの骨管の一部が完全に閉じきらず、背骨が二股に分かれた状態になってしまう先天性の疾患です。
背骨の中を通る神経(脊髄)が外に飛び出したり、損傷を受けたりすることで、神経の麻痺やさまざまな合併症を引き起こします。
神経が損傷を受ける部位(背中、腰、仙骨など)によって症状の重さは異なりますが、一般的に以下のような症状が見られます。
運動機能の障害: 足に力が入らない、歩行が困難になるなどの下肢麻痺。
排泄機能の障害: 尿意や便意を感じにくかったり、自力で排出できなかったりする(神経因性膀胱・直腸)。
知覚障害: 足や腰周りの感覚が鈍く、痛みや熱さを感じにくい。
脳の合併症: 脳脊髄液が溜まる「水頭症」や、小脳の一部が脊柱管へ落ち込む「キアリ奇形」を伴うことがあります。
カールワーンには、コミュニティ内で多くの活動や啓発イベントを開催する自助グループ活動があります。これらのイベントは、人々が問題を理解し、インクルージョンを促進するのに役立ちます。その後、コミュニティは協力して解決策を見つけます。
ハリプール大学で文化プログラムが開催され、様々なブースが並び、カールワーンも出店しました。ブースの目的は、資金集めと障害に関する意識向上でした。
これまで、 障害児の親の役割の重要性について投稿してきましたが、今回は、パキスタン北西部に位置するハイバル・パフトゥンハー(KP)州のハリプールで活躍するカールワーン(Karwaan)の活動について、今後数回に渡ってご紹介します。
このイベントでカルワーンは、16歳以上の障害を持つ地域の少女たちを招待しました。そこでは、基本的な問題が特定され、自己管理について議論が行われました。障害を持つ少女たちは、日常生活の課題に対処し、解決するためのより簡単な方法を知ることができました。
カールワーン代表のスピーチ
アジアやアフリカの国々では、多くの子どもたちが厳しい環境の中で生活していますが、特に障害を持つ子どもたちにとって、学校に通うこと(就学)や心身の健康を維持することは、依然として大きな壁に阻まれています。
今回の記事では、最新の文献レビューや調査結果をもとに、子どもたちの就学と健康を保障するために、「家族」がどのような役割を果たし、どのような変化が求められているのかを探っていきます。
アジア・アフリカ地域には、世界の約半数の障害児が暮らしているとされていますが、その多くが教育や医療、適切な栄養、そして暴力からの保護という基本的な権利を十分に享受できていません。
アクセスの困難さ: アフリカなどでは医療従事者の不足や、病院・学校までの物理的な距離、医療費の負担が大きな障壁となっています。
栄養と感染症: 多くの子供たちが栄養不良や感染症の危険にさらされており、適切な食糧支援や衛生環境の改善が、教育を受けるための「前提条件」としての健康を支える鍵となります。
社会的な偏見: 障害に対する「恥」や「迷信」から、親が子どもを外に出さず、教育の機会を奪ってしまうケースも少なくありません。
こうした厳しい状況を変える原動力となっているのが、保護者による集団の力(ペアレント・パワー)です。
教育の土台作り: 障害者本人が声を上げるのが難しい地域でも、親たちが行政や学校に働きかけ、教育や福祉の制度を作るための土台を築いてきました。
アドボカシー(権利擁護)の進化: 自分の子どものサービスを求める「個人的な活動」から、地域全体の教育システムを改善しようとする「システム的な活動」へと、親たちの活動は発展しています。
社会モデルへの転換: 障害を「治すべき病気(医学モデル)」と捉えるのではなく、社会の側の仕組みを改善すべきという「社会モデル」を学び、社会変革を目指す親たちが増えています。
障害児の健康と学びを支えるためには、ケアの担い手である家族自身の健康と精神的な安定が不可欠です。
孤立を防ぐ家族会: 同じ悩みを持つ親同士が支え合う「ピア・サポート」は、精神的な安定に大きく寄与し、家族が困難を乗り越える力(レジリエンス)を高めます。
多職種との連携: 家族会は、医師や教師などの専門家と対等なパートナーとして対話するための窓口となり、子ども一人ひとりに最適な支援を届ける役割を果たしています。
これからのアジア・アフリカにおける支援は、単に「助けてもらう」段階から、地域全体で子どもを育む「新しいつながり」を作る段階へと進む必要があります。
多様な家族への配慮: 経済的に困窮している家庭や、孤立しやすい父親の参加を促すなど、より支援が届きにくい層へのアプローチが求められています。
パートナーとしての関係: 親は子どもの「代弁者」としてだけでなく、子ども自身が主体的に声を上げられるようサポートし、共に社会を変えていく「同盟者(アライ)」であることが期待されています。
まとめ
障害があっても、「この子がいてくれて良かった」と胸を張って言える社会。それは、親たちが団結し、地域と柔軟につながりながら、教育と健康という当たり前の権利を勝ち取っていくプロセスそのものです。子どもたちの健康を守り、学びを支える挑戦は、今も世界中で続いています。
アジア太平洋地域では、障害者の権利向上と社会参加を目指し、10年ごとの長期計画が策定されてきました。その歩みの中で、障害者を支える「家族」に期待される役割や支援の形も大きく変化しています。今回は、第1次から第4次までの各期における家族の役割の変遷をご紹介します。
第1次十年(1993-2002年):リハビリテーションの担い手としての家族
この時期は、地域に根差したリハビリテーション(CBR)の文脈において、家族が中心的な役割を果たすべきとされました 。
専門的な訓練の推奨:家族が適切なケアを行えるよう、専門的な訓練を提供することが推奨されました 。
意識改革と自助グループ:障害児の教育を受ける権利を保護者が理解するための意識啓発や、保護者の会(自助グループ)の形成が重要視されました 。
経済的・精神的サポート:家族全体の貧困を防ぐための経済的支援や、障害児者が地域で孤立しないための精神的サポート役としての役割も期待されていました 。
第2次十年(2003-2012年):権利を主張する「アドボカシー」への進化
第2次では「びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)」が採択され、家族の役割はより積極的なものへと定義されました 。
意思決定の代弁者:本人が自ら声を上げることが困難な場合、家族が代わって権利やニーズを主張(アドボカシー)し、自立までその活動を継続・強化すべきであるとされました 。
組織化の促進:政府に対し、2005年までに地域単位の親の会を組織し、2010年までにそれらを全国組織へ統合・連携させることが目標として掲げられました 。
中心課題としての位置づけ:7つの優先領域において、「家族・親の団体」は女性障害者とともに中心課題の一つとして明記されました 。
第3次十年(2013-2022年):社会的な権利実現のパートナー
「インチョン戦略」のもと、家族の役割は家庭内ケアの枠を超え、より戦略的なものへと拡大しました 。
多角的なパートナーシップ:家族は「貧困削減のパートナー」「教育の質を高めるパートナー」「政策実施の協力者」と位置づけられました 。
貧困からの脱却:障害者とその家族の貧困を削減することが、インクルーシブな成長に寄与すると論じられました 。
埋没する優先順位への懸念:役割が多岐にわたる一方で、前十年のように「家族」が独立した優先課題として目立たなくなり、他の課題の中に埋もれてしまうことへの懸念も示されました 。
第4次十年(2023-2032年):ライフサイクルに応じた継続的な支援
最新の「ジャカルタ宣言」では、これまでのインチョン戦略等の目標を継承しつつ、新たなアプローチが取られています 。
ライフサイクル・アプローチ:乳幼児期から高齢期まで、各段階に応じた支援体制を強化することが盛り込まれました 。
継続性の維持:宣言内に「家族」に関する直接的な記述は少ないものの、第3次のインチョン戦略を継承・加速させることが再確認されています 。
まとめ
こうして振り返ると、家族の役割は単なる「介護者」から、本人の権利を守る「代弁者」、そして社会を共に変えていく「パートナー」へと発展してきたことがわかります。
それぞれの時代で求められる役割は異なりますが、家族が孤立することなく、社会全体で支える仕組みづくりの重要性は、一貫して変わらぬテーマとなっています。
このように、アジア太平洋地域における障害児の支援体制は、この30年余りで「家庭内でのケア」から「社会全体での権利保障」へと大きく舵を切ってきました
「子どもが健康で、家族が支えられ、社会がそれを保障する」という包括的なアプローチこそが、アジア太平洋地域が目指してきたインクルーシブな社会の核心であると言えるでしょう。
子どもたちが健やかに育ち、安全に学校へ通い続けるためには、栄養バランスの取れた食事と、地域社会の中に自分の「居場所」があるという安心感が不可欠です。今回は、日本で広がる「子ども食堂」と、パキスタンに深く根付く「Langar(ランガル)」の精神を紐解きながら、子どもたちを支える...