障害のある人々が交通事故にあう可能性が高いことは容易に想像できます。世界銀行(2024)は、「歩道、高架道路、地下道が混雑していたり、通行が困難であったり、信号や速度制限などの交通規制が不十分な場合、障害のある子どもや大人は道路に出たり、道路を横断するのに時間がかかったりする必要があり、その結果、自動車に衝突されるリスクが高まる」と報告しています。
パキスタンを含む中・低所得国においては、上記の世界銀行の報告にあるように、交通規制が不十分であることが多いと考えられます。Tabibiら (2022)は、「注意欠如・多動症(ADHD)の子どもは、ADHDではない子どもよりも危険な横断回数が多く、さらに、ADHDではない子どもと比較して、ADHDの子どもは、より複雑な交通環境において、危険な横断回数が多く、接触までの時間が短く、待ち時間が長くなりました。ADHDの子どもの実行機能の欠陥は、複雑な交通環境における行動に影響を与えていると考えられます・」としています。
今回の記事では、パキスタンと同じ南アジアのネパールにおける研究「Shrestha, P. (2023) 障害者の道路横断待ち時間に関する調査」について簡単にご紹介します。Shrestha, P. (2023)は、カトマンズ盆地の幹線道路における、障害を持つ歩行者(PWD: People with Disabilities)の道路横断行動を分析し、インフラ改善に向けた基礎データを提供することを目的とした研究です。
ネパールの首都カトマンズの2か所を対象地域として、障害のある人、障害のない人を対象に、横断時の「判断(待ち時間)」や「行動(速度)」にどのような要因が影響しているかを科学的に明らかにしようとしています。調査法用は、ビデオによる観測と対面インタビューです。
対象地域は以下のような状況です。
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特徴項目 |
対象地1:
Jorpati |
対象地2:
Sanothimi |
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道路カテゴリ |
F026 (Chabahil -
Sankhu等) |
F086 (Sinamangal -
Thimi等) |
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主な対象者 |
肢体不自由者(車椅子利用者等) |
視覚障害者(全盲の方) |
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歩道の幅員 |
2.5m |
1.5m |
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路面・設備 |
誘導ブロックあり、縁石スロープあり |
誘導ブロック破損、縁石スロープなし |
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横断歩道 |
表示が薄くなっている(Faded) |
表示は明確(Unfaded) |
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特記事項 |
路上駐車があり、通行の妨げとなっている |
排水溝の蓋が未整備な場所がある |
以下に調査の結果をまとめます。
1. 障害の有無による待ち時間と横断確率の違い
コックス比例ハザードモデルを用いた分析により、障害のある歩行者は、健常者と比較して横断開始までに多くの時間を要することが明らかになりました。
- 待ち時間の差: 障害のある歩行者の待ち時間の中央値は、非障害者よりも3〜6秒長くなっています。これは、安全確認に慎重を期す必要があるためと考えられます。
- 横断開始の確率(ハザード比): 同様の交通条件下で、非障害者100人が横断を開始する間に、横断を開始すると予想される人数は以下の通りです。
- 視覚障害者: 48人
- 肢体不自由者: 29〜38人
- 行動特性の違い: 視覚障害者は、視覚情報の欠如による不安から、時として積極的(あるいは切迫した)行動をとる傾向があります。一方で、肢体不自由者は補助器具の使用や移動制限のため、環境評価により多くの時間を費やす傾向が見られます。
2. 横断速度の比較
歩行タイプによって横断速度には明確な差が出ています。
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歩行者のタイプ |
平均横断速度 (m/s) |
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非障害者 |
1.265 |
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障害者 |
視覚障害者 |
0.98 |
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車椅子利用者 |
0.88 |
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身体障害(その他) |
0.806 |
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松葉杖利用者 |
0.77 |
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3. 横断に影響を与える外部要因
交通ギャップ(車両間の間隔)と遭遇する車両台数が、横断の意思決定に大きく関与しています。
- 交通ギャップ(Traffic Gap):
- 対象地1では、ギャップが1秒増えるごとに横断確率は8.1%増加しました。
- 肢体不自由者はより広いギャップを必要とする一方、視覚障害者は聴覚や触覚を頼るため、ギャップの変動による影響が相対的に少ない傾向があります。
- 車両台数(Vehicle
Encountered):
- 交通量が増えると横断確率は低下します。1台増えるごとに、対象地1では15.6%、対象地 2では28.7%横断確率が減少しました。
- 特に対象地2で減少幅が大きいのは、車両の走行速度が対象地1よりも高いためと考えられます。
- 環境要因:
- 大型車両が多い場合や、違法駐車がある場所(対象地1)では、歩行者はより慎重になり、大きなギャップを待つ傾向が強まります。
4. Shrestha, P. (2023)のまとめ
障害のある歩行者にとって、インフラのパターンよりも「交通量」や「車両間のギャップ」が待ち時間を決定する重要な要素となっています。特に身体的制約がある歩行者は、非障害者よりも大幅に低い速度で移動し、より慎重な判断を下している実態が浮き彫りになりました。
【参考文献】
-Shrestha, P. (2023)
Study on waiting time for street crossing by Person with disability, A case
study of midblock crossing at Jorpati and Sanothimi, A Thesis Submitted To The
Department Of Civil Engineering In Partial Fulfullment Of The Requirements For
The Degree Of Master Of Science In Transportation Engineering, Tribhuvan
University, https://elibrary.tucl.edu.np/JQ99OgQIizUxyjI9nB0on9OyLkqsGIf4/api/core/bitstreams/9734f6de-deb6-4034-a264-87f90ab34732/content
-Tabibi, Z., Schwebel,
DC. and Zolfaghari, H. (2022) Road-Crossing Behavior in Complex
Traffic Situations: A Comparison of Children With and Without ADHD, Child
Psychiatry Hum Dev. 2022 Dec;53(6):1186-1193. doi: 10.1007/s10578-021-01200-y.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34106381/
ADHDの子どもは、定型発達の子どもよりも危険な横断回数が多く、さらに、定型発達の子どもと比較して、ADHDの子どもは、より複雑な交通環境において、危険な横断回数が多く、接触までの時間が短く、待ち時間が長くなりました。ADHDの子どもの実行機能の欠陥は、複雑な交通環境における行動に影響を与えていると考えられます。
-World Bank
(2024) Disability and Road Traffic Accidents Assessing the Costs and
Consequences of Rehabilitation and Living with a Disability Following a Road
Traffic Injury,
https://documents1.worldbank.org/curated/en/099091324114514561/pdf/P1721241108a2202a1af741bfbc84c81e12.pdf?form=MG0AV3
P38:歩道、高架道路、地下道が混雑していたり、通行が困難であったり、信号や速度制限などの交通規制が不十分な場合、障害を持つ子供や大人は道路に出たり、道路を横断するのに時間がかかったりする必要があり、その結果、自動車に衝突されるリスクが高まる (World Report on Disability, 2011; WHO, 2022; Xiang et al., 2006)。
①WHO & World Bank (2011) World
Report on Disability,
https://documents1.worldbank.org/curated/es/665131468331271288/pdf/627830WP0World00PUBLIC00BOX361491B0.pdf
障害のある人は、交通事故、火傷、転倒、補助器具に関連する事故による、致命的ではない偶発的な傷害のリスクが高くなります。ある研究では、自閉症、注意欠陥障害、注意欠陥多動性障害などの発達障害のある子供は、そうでない子供よりも傷害のリスクが 2 ~ 3 倍高いことがわかりました。他の研究では、障害のある子供は転倒 (52)、火傷関連の傷害 (53)、自動車や自転車の衝突による傷害 (54) のリスクが著しく高いと結論付けています。
②WHO
(2022) Global Report on Health Equity for Persons with Disabilities,
https://www.who.int/publications/i/item/9789240063600
③Xiang
et al. (2006) “Risk of Vehicle-Pedestrian and Vehicle-Bicyclist Collisions
Among Children with Disabilities.” Accident Analysis
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