2026年3月13日金曜日

「共食」が守る子どもの未来:日本の子ども食堂とパキスタンのLangar(ランガル)

 子どもたちが健やかに育ち、安全に学校へ通い続けるためには、栄養バランスの取れた食事と、地域社会の中に自分の「居場所」があるという安心感が不可欠です。今回は、日本で広がる「子ども食堂」と、パキスタンに深く根付く「Langar(ランガル)」の精神を紐解きながら、子どもたちを支えるコミュニティのあり方を考えます。

1. 食を通じたセーフティネットの共通点

日本の子ども食堂とパキスタンのLangarは、形は違えど「コミュニティによる食を通じた支援」という点で深く通じ合っています

  • 食糧不安の解消: 成長期の子どもたちに栄養のある食事を届け、地域全体の飢餓リスクを低減させています

  • 貧困の連鎖を断つ: 食事のコストをコミュニティが負担することで困窮世帯を支援し、行政の福祉支援が必要な家庭を早期に発見する「アウトリーチ(相談支援)」の役割も果たしています

パキスタンのLangar:食事が準備されて、お祈りする様子
Langarでは、女性も集まり、別の場所で食事する。


2. 学習支援と「心の安全基地」:学校安全への寄与

日本の子ども食堂の多くは、食事だけでなく「学習支援(宿題の指導など)」をセットで行っています 。これは家庭環境による学力格差を是正し、子どもたちが「落ち着いて勉強できる環境」を確保することに直結します。

また、孤独な「孤食」を防ぎ、地域の大人が子どもを見守る「心の安全基地」となることは、精神的な安定をもたらし、学校生活への適応を助ける重要な「学校安全」の一環と言えるでしょう


3. パキスタンの伝統:Langarと聖者廟の慈善文化

パキスタンには、宗教や身分を問わず食事を振る舞う「Langar」という素晴らしい伝統があります。

  • 平等の精神: 12〜13世紀から続くスーフィズムの伝統やシーク教の教えに基づき、誰も排除しない包摂的な場を提供しています

  • 聖者廟(ダルガー)の役割: 参拝者が提供する「デーグ(大釜)」の食事は、路上生活者や労働者にとって、生存のための確実な日常的セーフティネットとなっています


4. 日本のモデルをパキスタンの未来へ

パキスタンで「子ども食堂」を紹介する際、それは「Langarの伝統精神を、現代の子どもの保護と教育に特化させた進化系」として捉えることができます

  • Langar: 全世代を対象とした社会全体のセーフティネット

  • 子ども食堂: 次世代の子どもに焦点を当て、「食事+教育+保護」をセットにしたモデル


パキスタンの既存の文化資源である「Langarの精神」を土台にしつつ、日本の「子ども食堂モデル」を組み合わせることで、パキスタン独自の「子ども向けコミュニティ・キッチン」が、子どもたちの就学を強力に後押しする存在になるはずです

【参考文献】
ウェブニュース:PM Imran launches Ehsaas-Saylani Langar Scheme in Islamabad
ウィキペディア:Langar (Sufism)
Sandbox Research: langar-mutual-aid
Ehsaas Langar Program
ウェブニュース:PM Imran launches Ehsaas-Saylani Langar Scheme in Islamabad
むすびえプレスリリース:こども食堂は全国で「1万2,601カ所」で、公立小学校数の約7割に~「こども食堂全国箇所数調査」(2025年12月「速報値」)~
ウェブニュース:増え続けるこども食堂 過去最大の年間1,400ヶ所増で全国3,718ヶ所に



2026年3月12日木曜日

数字から見るパキスタンのインクルーシブ教育:最新国勢調査が解き明かす現状

 子どもたちが安全に学校へ通い、適切な教育を受けるためには、まず「どこに、どのような困難を抱えた子どもが、どれくらいいるのか」という正確な実態を把握することが不可欠です。パキスタンで行われた最新の「第7回人口・住宅国勢調査(デジタル国勢調査)」の結果から、教育のインクルージョンに向けた新たな一歩が見えてきました。





1. 初のデジタル国勢調査と「ワシントン・グループ」の導入

今回の国勢調査の大きな特徴は、障害の測定に国際的な基準である「ワシントン障害統計グループ(WG)」の質問セットが採用されたことです 。これは、単に「障害があるか」と問うのではなく、「見る、聞く、歩く、コミュニケーション、記憶・集中」といった日常的な機能的制限を確認する手法です

この背景には、障害当事者団体(CBIDネットワークなど)の強い働きかけがありました 。当事者の視点が統計に反映されたことで、これまでは「見えていなかった」子どもたちの困難が、数字として捉えられるようになったのです。




2. 統計が示す「3%」のリアリティ

2023年の国勢調査によると、パキスタン全土の障害者人口の割合は**3.10%**と報告されています 。州別に見ると、カイバル・パクトゥンクワ(KP)州やパンジャーブ州では約3%となっており、多くの子どもたちが何らかの機能的制限を抱えながら生活していることが分かります

この「3%」という数字は、単なる統計ではありません。一人ひとりが適切なサポートを必要としている子どもたちであり、彼らの就学を保障するための学校環境の整備や、安全な通学路の確保が、行政の喫緊の課題であることを示しています。



3. 「活動の困難さ」を指標にした学校安全

今回の調査では、活動の困難さを「それほど困難ではない」「非常に困難がある」「全くできない」の3段階で測定しています 。 学校安全の視点では、特に「非常に困難」や「全くできない」と回答した子どもたちに対し、以下のような配慮が求められます:

  • コミュニケーションの壁: 意思疎通に困難がある子どもが、災害や緊急時に適切に情報を得て避難できる体制の構築。

  • 移動の制限: 歩行や階段の上り下りに困難がある子どもでも、安全に教室へアクセスできるバリアフリー化。




4. まとめ:データに基づいた「誰一人取り残さない」教育へ

正確な統計データは、脆弱な立場にある子どもたちに公的サービスを届けるための「地図」となります。今回の国勢調査で得られた知見を活用し、障害特性に応じた学習支援や安全対策を講じることで、パキスタンのすべての子どもたちが安心して学べる未来を目指すことができます。

「見えない困難」を数字で可視化すること。それが、インクルーシブな学校安全を実現するための確かな一歩となるのです。


【参考文献】

Govt. of Pakistan (2023) 7th Population & Housing Census 2023, National Census Report, https://www.pbs.gov.pk/wp-content/uploads/2020/07/National-Census-Report-2023.pdf

2026年3月11日水曜日

「知ること」から始まる子どもの権利

 パキスタンで困難な状況にある子どもたちが、学校に通い、健やかに成長するためには何が必要でしょうか。最新の文献レビューからは、教育、医療、そして生活を支える「公共サービス」へのアクセスが、子どもたちの未来を守る決定的な鍵であることが見えてきました。

1. 慢性的な貧困を打破する「情報の力」

研究によれば、慢性的な貧困層と一時的な貧困層を分ける重要な要因の一つは「国家サービスへのアクセスの欠如」です 。市場の需要や政治的圧力に対して声を上げるためには、時間や資金だけでなく、適切な「情報」を持っていることが不可欠です

特に障害のある子どもの場合、保護者が診断内容を知らなかったり、サービスへのアクセス方法が分からなかったりすることで、教育や医療から取り残されるリスクが高まります 。パキスタンでは、障害者手帳(Disability Certificate)の存在を障害者の約90%が知らないという調査結果もあり、「情報の壁」が子どもたちの権利享受を阻む大きな障壁となっています


2. 就学を支える具体的なセーフティネット

パキスタン政府は、脆弱層の子どもたちの就学を保障するために、以下のような強力なプログラムを展開しています。

  • 教育奨学金(Benazir Taleemi Wazaif): 困窮世帯の子どもたちの入学率を高め、中退を防ぐための現金給付制度です 。給付を継続するには「70%以上の出席率」という条件があり、これが子どもたちを学校に留める動機付けとなっています

  • 健康カード(Sehat Card): 2025年からは障害者専用の「Sehat Himmat Card」も導入され、医療支援だけでなく定期的な現金給付も行われるようになりました

  • ベナジール収入支援プログラム(BISP): 教育、保健、さらには住宅政策とも統合され、貧困家庭の「命綱」として機能しています


3. 「学校安全」と法的アイデンティティ

子どもたちが安全に学校に通い、公的なサービスを受けるための大前提となるのが「出生登録(パキスタンにおけるForm B)」です 。出生登録は、子どもたちに法的アイデンティティを保証し、社会福祉や教育へのアクセスを可能にする権利の基礎となります 。この登録が漏れることで、基本的なサービスから排除され、差別や脆弱性が高まるリスクがあるのです

また、物理的な安全も依然として大きな課題です。2026年の報告では、爆発事件により公立女子校が損壊するなどの事態も発生しており、インフラの整備と安全確保は、就学を継続させるための不可欠な要素です


4. まとめ:インクルーシブな未来に向けて

すべての子どもがライフサイクル全体を通じて、居住地を問わず質の高い包括的なサービスを受ける権利を持っています

パキスタンにおいて、情報の壁を取り払い、出生登録や障害者登録を促進することは、単なる手続きではありません。それは、子どもたちが「社会から見えなくなる」ことを防ぎ、安全な環境で学ぶ権利を保障するための、最も基本的で重要なステップなのです


【参考文献】

Bird, K. & Hulme, D. (2002) Chronic Poverty and Remote Rural Areas

World bank (2018) The State of Social Safety Nets 2018

UNICEF (2021) Seen, O Counted, Included, Using data to shed light on the well-being of children with disabilities

Bizzego, Andrea, et al., ‘Children with Developmental Disabilities in Low- and Middle-Income Countries: More neglected and physically punished’, International Journal of Environmental Research and Public Health, vol. 17, no. 19, 2020, pp. 1-16.

Hardy, Jane, et al., ‘Reliability of Anthropometric Measurements in Children with Special Needs’, Archives of Disease in Childhood, vol. 103, no. 8, August 2018, pp. 757-762.

その他、パキスタンのメディアニュース記事



2026年3月10日火曜日

「情報の壁」を打ち破る:子どもたちの就学と安全を支えるために

 パキスタンにおいて、障害のある子どもたちや脆弱な立場にある家族が適切な公的サービスを受け、教育の機会を確保するためには、何が最大の障壁となっているのでしょうか。調査の結果、それはサービスの欠如そのものではなく、「サービスが存在することを知らない」という情報のアクセシビリティ(入手可能性)の低さにあることが明らかになりました


AAR Japanパキスタン、インクルーシブ教育促進プロジェクトによる
事前調査結果

1. 深刻な情報の欠如:93%が手帳を未所持

2019年にAAR Japan(難民を助ける会)が実施した調査では、障害のある子どもたちの93%が障害者手帳(DC)を所持していないという衝撃的な実態が浮かび上がりました 。その理由の8割以上(82%)が「制度自体を知らない」というものです

公的支援を受けるための「入り口」である情報が届いていないことは、子どもたちが教育や医療から遠ざけられる直結した原因となっています。特に聴覚障害のある家庭では、手帳制度の認知率がわずか5%にとどまっており、障害特性に応じた情報伝達が喫緊の課題です

JICA技術協力プロジェクト「障害者社会参加促進」における
障害者アセスメント調査結果(1500名の障害児者対象)

2. 「障害者用CNIC」が拓く、教育と生活の可能性

パキスタンには、障害者手帳(DC)に加えて、障害者マークが付与された身分証明書「障害者用CNIC」という制度があります 。これは単なるカードではなく、子どもたちの未来を守るための「パスポート」の役割を果たします

このカードを保有することで、以下のような多大なメリットを享受できます

  • 教育・雇用: 公的機関における障害者雇用枠(2%〜5%)への応募資格や、教育支援(Benazir Taleemi Wazaif)の活用

  • 経済的支援: 現金給付プログラム(BISP)の優先対象

  • 医療・移動: 公立病院での治療費免除や、鉄道・航空券の50%割引


3. 学校安全と就学保障の視点から

「パキスタンにおける脆弱層にある子どもの就学を保障する学校安全」という視点に立つと、これらの公的サービスは生活を支える重要なセーフティネットです

子どもたちが安心して学校に通い、学びを継続するためには、物理的なバリアフリー化だけでなく、**「情報のバリアフリー」**が不可欠です。点字、手話、平易な表現など、障害の特性に合わせた方法で情報を確実に届けることが、子どもたちの社会参加とQOL(生活の質)の向上に直結します


4. 今後

現在、パキスタン政府もデジタル化(モバイルアプリ「Pak Identity」の活用)や、住宅支援プログラムにおける障害者世帯への配慮など、改善の動きを見せています

「知っていること」が「生きること」に直結するパキスタンの現状において、行政、JICA、NGO、そして障害当事者団体が連携し、情報を届けるプラットフォームを強化していくことが、すべての子どもたちが安全に学校へ通える社会を実現するための第一歩となります

2026年3月9日月曜日

パキスタンにおける乳幼児死亡の現状とその要因

 パキスタンは世界的に見ても乳幼児死亡率が高い国の一つです 。最新の調査や研究(2023年〜2025年)からは、子どもたちの命を脅かす直接的な死因と、その背景にある複雑な社会・環境的要因が浮き彫りになっています。


1. 直接的な死因:医学的要因

子どもたちの死因は、大きく「周産期(出生前後)」「感染症」「栄養状態」の3つの観点から説明されます。

  • 周産期の合併症(生後28日未満)

    • 新生児死亡の最大の原因の一つは**周産期仮死(低酸素)**であり、早産児死亡の約34%を占めています

    • 早産や低出生体重による呼吸窮迫症候群などの合併症も、生存を困難にする大きな要因です

  • 深刻な感染症

    • 新生児期以降、特に大きな脅威となるのが肺炎、下痢症、敗血症、髄膜炎です 

    • これらは本来、予防や治療が可能であるにもかかわらず、依然として高い死亡率の原因となっています

  • 栄養不良

    • 栄養不良は子どもの免疫力を低下させ、肺炎や下痢による死亡リスクを増大させます 。5歳未満児の死亡の約45%に栄養不良が関連しているという報告もありま

2. 背景にある社会経済的・環境的要因

医学的な死因の背後には、子どもを取り巻く厳しい生活環境が深く関わっています。

  • 脆弱な医療システムとアクセス

    • パキスタンでは毎日約675人の新生児が命を落としていますが、その多くは適切な妊婦健診や出生直後のケアがあれば防げたものです

    • 特に地方や貧困層において、医療施設へのアクセスのしにくさが死亡負荷を重くしています

  • 劣悪な衛生環境

    • 安全な飲料水やトイレ(衛生施設)の欠如が、下痢などの感染症蔓延を招き、子どもの成長を阻害しています

  • 深刻な大気汚染

    • パキスタンにおける5歳未満児死亡の約12%が大気汚染に関連しているとされています

    • 特にパンジャーブ州などの都市部では、WHOガイドラインを大幅に上回る有毒なスモッグが発生しており、肺や免疫が未発達な幼児に致命的な影響を与えています

  • 母親の教育と健康

    • 母親の教育水準は、子どもの栄養状態や予防接種への理解に直結する最も重要な要因の一つです

    • また、女性の約4割が貧血であるといった母体自身の健康問題も、早産や新生児の生存リスクに影響しています

3. まとめ:求められる包括的な対策

パキスタンの乳幼児死亡問題は、単一の原因ではなく、教育・経済・環境が複雑に絡み合った「負の連鎖」の結果です

この状況を改善するためには、医療体制の整備(周産期ケアやワクチン接種)だけでなく、女子教育の普及、安全な水の確保(WASH)、そして深刻な大気汚染への対策など、多部門が連携した包括的なアプローチが不可欠であると結論付けられています


【参考文献】

Tharwani, Z. H., Bilal, W., Khan, H. A., Kumar, P., Butt, M. S., Hamdana, A. H., Essar, M. Y., Nashwan, A. J., Habib, Z., & Marzo, R. R. (2023). Infant & Child Mortality in Pakistan and its Determinants: A Review. INQUIRY: The Journal of Health Care Organization, Provision, and Financing, 60, 1–9. https://doi.org/10.1177/00469580231167024

Nisar, M. I., Ilyas, M., Naeem, K., Fatima, U., & Jehan, F. (2017). Cause of death in under 5 children in a demographic surveillance site in Pakistan. Online Journal of Public Health Informatics, 9(1). https://doi.org/10.5210/ojphi.v9i1.7634

Zainab, U., Abbas, M., Urooj, A., Rabia, M., Sun, H., & Shehzad, M. A. (2025). Undesired nexus poor health status of child under-five: A case study of Pakistan. PLoS ONE, 20(5), e0323845. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0323845

Dhaded, S. M., Saleem, S., Goudar, S. S., Tikmani, S. S., Hwang, K., Guruprasad, G., Aradhya, G. H., Kusagur, V. B., Patil, L. G. C., Yogeshkumar, S., Somannavar, M. S., Reza, S., Roujani, S., Raza, J., Yasmin, H., Aceituno, A., Parlberg, L., Kim, J., Moore, J., Bann, C. M., Silver, R. M., Goldenberg, R. L., & McClure, E. M. (2022). The causes of preterm neonatal deaths in India and Pakistan (PURPOSe): A prospective cohort study. The Lancet Global Health, 10(11), e1575–e1581. https://doi.org/10.1016/S2214-109X(22)00363-6

World Health Organization (2025) Every day, 675 newborns and 27 mothers die in Pakistan – WHO calls for urgent action. WHO Eastern Mediterranean Regional Office, 7 April. https://www.emro.who.int/pak/pakistan-news/every-day-675-newborns-and-27-mothers-die-in-pakistan-who-calls-for-urgent-action.html

UNICEF. (2024, November 11). Over 11 million children under 5 in peril as they breathe toxic air in Punjab, Pakistan, UNICEF warns. UNICEF. https://www.unicef.org/rosa/press-releases/over-11-million-children-under-5-peril-they-breathe-toxic-air-punjab-pakistan-unicef



「共食」が守る子どもの未来:日本の子ども食堂とパキスタンのLangar(ランガル)

  子どもたちが健やかに育ち、安全に学校へ通い続けるためには、栄養バランスの取れた食事と、地域社会の中に自分の「居場所」があるという安心感が不可欠です。今回は、日本で広がる「子ども食堂」と、パキスタンに深く根付く「Langar(ランガル)」の精神を紐解きながら、子どもたちを支える...